Village The SHINGO

Mystery.

キリストの墓、ナニャドヤラ、大石上ピラミッド、長慶天皇の墓…。
はるか昔から伝わる不思議な伝説や風習、
いまだ解明されない謎多き新郷村のMysteryスポットをご案内。

キリスト湧説

Christ’s tomb

キリストの墓

1935(昭和10)年、ゴルゴダの丘で磔刑に処されたキリストが、実はひそかに難を逃れ、 日本に渡来し106歳の生涯を閉じた!?そんな突拍子もない仮説が、 茨城県磯原町(現北茨城市)にある皇祖皇太神宮の武内家に伝わる竹内文書の中から発見されました。 そして、竹内氏自らこの新郷村を訪れ、キリストの墓を発見。 その後、考古学・地質学者の山根キク女史の著書「光は東方より」で取り上げられたことにより、 新郷村は神秘の村として人々の注目を浴びるようになりました。 当時、村民の間では、突如として沸いた出来事から「キリスト湧説(ようせつ)」と呼ばれています。

“Toraizuka”
and “Judaibo”

「十来塚(とらいづか)

「十代墓(じゅうだいぼ)

キリストの里公園の遊歩道を上がっていくと珠時価が掲げられた2つの小高い土盛りが見えてくる。向かって右側が「十来塚(とらいづか)」とよばれるキリストの墓、左側が「十代墓(じゅうだいぼ)」と呼ばれる弟のイスキリの墓と言い伝えられています。

Christ Village Tradition Museum

キリストの里 伝承館

キリスト伝承の源になった古文書、人物、著書や、村のキリストにちなんだ風習を展示紹介しています。 キリスト渡来説の発端や、この伝説が湧き上がった当時の村の様子を垣間見ることができます。
2004(平成16)年、イスラエルの首都エルサレムより新郷村との友好の証として寄贈された「エルサレムストーン」が展示されています。

【開館時間】9:00~17:00
【入館料】大人200円/小・中学生100円       ※団体20名様以上は半額
【休館日】水曜日(夏休み期間中は無休)※冬期休館11月上旬~4月下旬
【所在地】〒039-1801 青森県三戸郡新郷村大字戸来字野月33-1
【お問い合わせ】TEL.0178-78-3741

Legend of Nanyadoyala

ナニャドヤラ伝説

ナニャドヤラは、日本の南部地方(青森県南部から岩手県北部にかけての地域及び秋田県鹿角地方)に伝わる盆踊りの歌です。 その題名や歌詞の内容は不明なため、明治時代から昭和時代にかけて多くの研究者によってさまざまな説が提唱されてきました。

以下にいくつかの主な説を紹介します。

長慶天皇梵語説 南北朝時代、長慶天皇が追われて青森県の名久井岳付近に隠れ住んでいた際に、 無事を知らせるための梵語の歌として地元の人々に歌わせたという説。

恋歌説 柳田国男氏が提唱した説で、特別な祭りの日に女性が男性に向かって歌った恋歌という解釈です。

古代へフライ語説 岩手県一戸町出身の川守田英二氏が唱えた説で、古代ユダヤの進軍歌として解釈され、 「キリストの墓」伝説と関連付けられます。

飢饉凶作時歌説 飢饉の時に歌われたという説で、苦難の中での忍従や無力感を歌ったものとされます。

道歌説 言語学者の金田一京助氏が提唱した説で、 宮中での質問に対して南部地方の方言に基づいて作られた道歌という解釈です。

木遣り説 「木遣り歌」として歌われてきたという説で、 神社建築の際にこの歌を歌うと大木がスルスルと動くという伝承があるとされています。

山猫説 歌詞が山猫の声に聞こえるため、山寺の化け猫が踊る姿を真似た歌とされます。

念仏説 念仏踊りが東北地方に伝わり、 その歌が「ナムアミダーツ、ナムアミダーナム、ナムアミダー」と変化していったという説。

声試し説 盆踊りの前に声を鳴らすために歌われたとされています。

さらに、坂上田村麻呂説、八幡太郎義家説、新羅三郎義光説、南部光行説など、他の説も存在します。

これらの説は、研究者や地域の伝承に基づいて提案されていますが、 さまざまな文化や歴史的背景からの推測によって形成されたものであり、 個々の説には異論も存在します。「ナニャドヤラ」の起源や意味については 今後の研究により明らかになるかもしれません。

毎年6月上旬に開催される「新郷村キリスト祭」では、 神事の後、キリストの墓とされる「十来塚(とらいづか)」を囲みナニャドヤラ踊りが奉納されます。

神秘

Oishigami Pyramid

神秘の山
〜日本最古のピラミッド〜
大石神ピラミッド

巨岩怪石からなる丘陵。
1933年(昭和10)年、ピラミッドの権威者・酒井勝軍(さかいかつとき)氏が調査したところ、ピラミッドの条件に合致したといわれています。 ここには、かつて小さな祠が祭られており、昭和初期ごろまで、日照りが続くと雨乞いの儀式が執り行われていた霊場であったと言い伝えられています。

Chokei Emperor Tomb

長慶天皇陵墓(三婆羅塚)

キリストの墓発見と同じころの1935(昭和10)年、 キリストの墓から数キロ離れた西越地区崩集落で、 天皇陵の研究者によって第98代長慶天皇の墓とされる「三婆羅塚(さんばらづか)」が発見されました。 言い伝えによると、「崩(くずれ)」という地名は、 敵の追跡から逃れてきた長慶天皇が崩御した地として墓守2人に与えられた名前が由来とされています。